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2009年4月28日 (火)

万葉の里 浪漫の道06 伊福吉部徳足比売

鳥取市国府町

ミュージシャンの伊福部崇・その親戚の作曲家である伊福部昭は北海道の出身ですが、鳥取県の伊福部氏の一族です。
因幡の伊福部氏が北海道に移り住んで、有名な人になっているわけです。

さて、その伊福部氏ですが、因幡の国の豪族でした。伊福吉部徳足比売(いふきべとこたりひめ)は、その祖先にあたり、奈良時代に天皇家に仕える仕事をしていました。この時代には、飛鳥浄御原宮から藤原京に都が移ってしばらくたち、平城京に都が移される少し前でした。
伊福吉部徳足比売は因幡の国から藤原京にのぼって1年余りで病気のため亡くなっています。遺体は3年間の殯(もがり:遺体を棺に入れたまま埋葬せずに放置し、腐敗の課程を見極めることにより、本当に亡くなったことを確認すること)を経て、火葬されました。火葬された遺骨は銅製の骨蔵器に入れて故郷の因幡の国の宇倍神社の近くに埋葬されました。

その骨蔵器は国の重要文化財として東京の国立博物館に保管されています。骨蔵器の蓋には伊福吉部徳足比売の生涯について記録されており、重要な史料となっています。

伊福吉部徳足比売についてこちらをご覧下さい。
http://www.tbz.or.jp/inaba-manyou/exhibit.html#toko

2009年4月24日 (金)

万葉の里 浪漫の道05 稲葉山の道標地蔵

鳥取市上野

江戸時代には、因幡の国から上方や江戸に向かうには、因幡街道を南下して
鳥取→佐用→姫路→(西国街道)
というルートを通っていて、山陰道は影の薄いものでした。
しかし、因幡の国と但馬の国(兵庫県)は同じ文化圏で、人の行き来も盛んでした。因幡から但馬へは、稲葉山越えのルートが近道で、国境の蒲生峠に抜けていました。

道標地蔵は、江戸時代後期のもので、当時の人が山道に迷わないように案内してくれていました。Img_1578157_48920993_0 Img_1578157_48920993_1

2009年4月21日 (火)

龍門橋

京都市右京区

天龍寺の門前にあるから龍門橋と呼ばれていますが、西行法師にまつわる次のような話も残っています。

西行法師がこの橋のたもとで酒を飲み、歌を詠みあっていました。

「つぼの内にほひし花はうつろひて霞ぞ残る春のしるしに」

という相手の歌に西行は返歌できなかったと書いてあります。

相手は、年配の女性なのかもしれませんね。

「つぼの内」とは何でしょう

「花」も時間とともに色あせてしまいます。

霞が残ったのですね。

青春時代はいいものでした。

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2009年4月17日 (金)

万葉の里 浪漫の道04 稲葉山

鳥取市国府町

たちわかれ 稲葉の山の 峰におふる
 
まつとし きかば 今 帰へりこむ

百人一首にある在原行平の歌です。

行平は、4年間因幡の国の国司として赴任してきました。

都から因幡の国に来る道中、須磨の浦(兵庫県神戸市)で、行平は松風、村雨という姉妹と知り合い、因幡の国に同行させました。行平は因幡の国で姉妹と楽しく過ごしました。
行平が都に帰るときに、松風、村雨との別れがやってきました。
そのとき詠んだうたであると言われています。
「まつとし」とは稲葉山の松と「待つ」をかけた言葉です。

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2009年4月14日 (火)

万葉の里 浪漫の道03 長慶庵

鳥取市面影
南北朝時代が終わった時のことです。南朝の長慶法皇(上皇)と後亀山天皇は、吉野を出られ、嵯峨大覚寺に還幸(帰られ)されました。
後亀山天皇が三種の神器を北朝の後小松天皇に譲られると、長慶法皇は、お忍びで大覚寺を出られ丹波の国へ赴かれました。
丹波の国で、因幡の守護の山名氏に迎えられ、因幡の国へ行かれました。面影山の山麓に御所を造られ、そこで崩御されました。
長慶法皇の御陵と考えられているものが面影山の山麓にあります。

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2009年4月10日 (金)

蒸気機関車

京都市右京区・嵯峨嵐山駅

全国にSLの保存車両はあります。
浜田にもあります。

山陰本線の京都ー鳥取間には比較的最近の時代までSLが走っていました。主に貨物列車としてですが。

兵庫県の餘部鉄橋にもその勇姿をみることができました。

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2009年4月 7日 (火)

万葉の里 浪漫の道02 宇倍神社

Img_1578157_48488858_0 鳥取市国府町

毎年4月21日に例大祭が行われます。
鳥取・兵庫両県で見られる麒麟獅子舞が奉納されます。

麒麟獅子舞を先導するのは猩々という真っ赤な酒好きの生き物です。
獅子舞と猩々がセットになっているものは、鳥取・兵庫と北海道に見られます。

2009年4月 3日 (金)

山陰本線

Img_1578157_48390946_0 山陰本線(JR嵯峨野線)二条駅

山陰本線の起点は?といえば、いろいろな答えが返ってきます。
福知山?
鳥取?
米子?

正解は京都なのです。

京都ー園部間は、JR嵯峨野線という愛称で呼ばれていますが、山陰本線なのです。

昔の東海道は三条大橋が終点になっているのですが、その続きが西国街道(京都ー大阪ー岡山ー広島ー下関)であり、山陰街道(京都ー福知山)なのです。

ちなみに山陰本線の終点は幡生(下関市)です。

写真は山陰本線(JR嵯峨野線)・二条駅

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