黄金山のコマーシャル
広島市南区
これまでに何度も登った黄金山ですが、秋になるとこの山から麦畑が黄金色に輝いて見えることからその名がついたと言われています。
このページに南区のコマーシャルがついています。
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広島市南区
これまでに何度も登った黄金山ですが、秋になるとこの山から麦畑が黄金色に輝いて見えることからその名がついたと言われています。
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鳥取市立川町
歩兵第40聯隊は明治29年に大阪で結成され、明治30年に鳥取に移りました。郷土聯隊として、鳥取、岡山、兵庫県から兵士を集めました。
歩兵第40聯隊の建物は、戦後、鳥取大学の学舎として使われ、現在は鳥取三洋電機の所有となっています。
建物は老朽化していますが、歴史の生き証人として、後世に戦争体験を伝えていくことでしょう。
鳥取市にて
八百比丘尼の伝説は、福井県の小浜市が発祥の地であると言われていますが、鳥取市の面影山にも八百比丘尼屋敷跡があります。
八百比丘尼伝説は、16歳の娘が、誤って人魚の肉を食べてしまい、永遠の命を得ると言うものです。不老不死となった、八百比丘尼は、肉親や知り合いを亡くし、世をはかなんで、隠遁生活を送りました。その地がこの面影山であるというのです。
手塚治虫の『火の鳥』異形編には八百比丘尼が出てきます。また、未来編では八百比丘尼と同じように永遠の命を得て苦しむ男性が描かれています。これらの話は、浦島太郎の話と根がつながっているような気がします。
京都市北区にて
臨済宗大徳寺派の大本山・大徳寺の三門です。
お寺の門は普通山門と書くのですが、主に禅宗寺院では三門と書きます。
三門は貪瞋癡の三毒から解脱する門と言われています。
私たちはとかく
貪(とん:むさぼり)が多く、足ることを知りません。欲望の海に溺れてしまいます。
瞋(じん:いかり)怒りの炎で、我が身ばかりでなく他人も物も焼き尽くしてしまいます。
癡(ち:ぐち)どうにもならないことを無理矢理通そうとします。わがままで自己中心な存在です。
この三毒から解脱するのが大切な修行であるというわけです。
さて、大徳寺の三門ですが、この2階部分は、千利休が造りました。そして、そこに千利休自身の木像を安置したのです。そのことに対して、関白秀吉の怒りをかい、秀吉に切腹を命じられたと言います。千利休の突然の切腹の理由が何なのか、はっきりとわかっていませんが、現在では、大徳寺の木像の件が理由であろうと考えられています。
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