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2010年4月16日 (金)

阿武山(あぶさん:標高586m)

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梅林小学校から阿武山に登る道を、前回は装備不足で断念しましたが、

今回は登頂成功しました。

ここが登山口です。
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所々に展望のよい場所があります。
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しかし、やはり険しい道です。
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このあたりは三葉の松が生えていました。

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これが、阿武山で見つけた、三葉の松の葉です。

東区の二葉山とは松の山という意味ですが、松は、普通は二葉なのです。

しかし、時々三葉や五葉の松もあるのです。

空海が持っている三鈷に似ているので、三鈷松とも呼ばれています。

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さらに険しい道を登っていくと・・・・・。
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漢字が刻まれています。「一」「五」「午(うま)」が見えます。

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もしこれが、年号を表しているとすれば面白いです。

戦国時代以降で、15年が、午(うま)年になるのは、

天文(ひのえうま)元禄(みずのえうま)明治(みずのえうま)の3回です。

もしこれが天文なら・・・・・・。

何が書いてあるかわかりませんが、ロマンをかきたてられます。

謎の文字のあるところから少し行くと、祠がありました。
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また少し行くと別の祠がありました。
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どちらも空の祠でした。

「八木」の文字が見えますが、コンクリート製です。

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超急登を駆け上がって行きます。

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緑井権現山からの縦走路に出ました。
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この道はいたって快適に歩くことができます。
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貴船神社です。京都の貴船神社と同様、水神様が祀られています。
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水神様と言えば龍です。天正年間に、八木城主の香川勝雄が、大蛇を退治したという伝説があります。大蛇や龍は水の神様でもあります。
先ほどの、謎の文字は、後世の人が、香川勝雄の伝説を書き記したものだったのかもしれません。

八木の人は、水に悩まされたのでしょう。川の水が氾濫すれば、洪水になり、水がなければ農作物ができません。

当時、治水ということは重要な事業だったのです。

香川勝雄は太田川の治水を行った人で、このような伝説ができのでしょう。

山は水を生み出す場所です。人々は阿武山自体を神としてあがめ、貴船神社を建てました。

時には荒れ狂ったり、時には恵みを与えたりするのが日本の神様です。

香川勝雄は水の神である大蛇を頭、胴体、シッポに切り、三カ所に埋めました。

頭を埋めたのが、山頂の貴船神社で、胴体とシッポは、途中にあった空の祠なのです。

梅林駅から70分で、山頂に着きました。

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太田川を挟んで、松笠山の龍と、阿武山の龍が対峙しています。

そして太田川も龍。

梅林からの阿武山登山道は、かつての正式登山道であった可能性があります。

緑井権現山から阿武山への登山道は、安佐南区と安佐北区(旧佐東町と安佐町)の境界をなしていますが、阿武山山頂付近は、すべてが安佐南区八木に属しています。つまり、阿武山は八木の村の山だったのです。

だから、梅林からのルートが正式なのです。

そして、ここには三葉の松や、祠、謎の文字がありました。

昔の人は、この道を参道として、神そのものである阿武山に登ったのでしょう。

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コメント

山と郷土史に詳しい方だなと思っていたら・・・納得

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