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2011年9月30日 (金)

阿佐山

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西中国山地・阿佐山(東ドウゲン、西ドウゲン)に登ってきました。

小倉山から阿佐山の方を見た写真です。
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これは、天狗石山と三石山の鞍部のキナイ原から見た阿佐山です。阿佐山には2つのピークがあり、主峰の南峰を東ドウゲン、北峰を西ドウゲンと呼んでいます。遠くから見ると、東ドウゲンは男性的、西ドウゲンは優美な女性的な山容をしていて、まるで仲のよい夫婦が手をつないでいるみたいです。

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尾関神社前(標高790m)から出発です。
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しばらく林道を歩きます。
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登山口です。
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沢を渡ります。
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堰堤の横を登って行きます。
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この山は、西ドウゲンまでほとんど展望がなく、薄暗い樹林帯を歩いて行きます。率直なところ、あまり人気のない山です。ただ、この山の良さがわかる人は本当の山好きと言ってもいいでしょう。

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東ドウゲンと毛無山の鞍部にあたる、二十丁峠です。012

二十丁峠とは、登山口から20丁(約2.2km)あるということでしょうか。確かに距離的にはそんな感じです。

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分水嶺・・・毛無山と阿佐山を結ぶ尾根が大きな分水嶺になっていて、東側は江の川水系で西側は太田川水系になります。西側の清流は、大暮川となって、滝山川に注ぎ、滝山川は太田川に注ぐわけです。
この阿佐山こそ、江の川の源流なのです。

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最後の急登を登って行くと、阿佐山南峰の東ドウゲンに着きます。
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山頂には避難小屋と
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電波施設があります。
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東ドウゲン山頂にある一等三角点です。阿佐山が有名なのは、一等三角点があるからだと言ってもいいと思います。一等三角点があって、ある程度の標高のある山は、小学校から高校までの社会科の地図などの広域図には名前が載っているのです。広島県・島根県では、

道後山・猿政山・阿佐山・吉和冠山・男三瓶山がそうです。
恐羅漢山など、標高が高くても一等三角点の山でないので載っていないことが多いのです。
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東ドウゲンから急な下りを下って、緩やかに登ると、西ドウゲン(阿佐山北峰)に着きます。
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ここは、瑞穂ハイランドスキー場の頂上部になります。今回の山歩きで初めて展望が開けました。東ドウゲンがある程度急峻で、男性的であるのに対して、西ドウゲンは極めて緩やかで、山頂が広く、女性的です。遠くから見ると、夫婦が手をつないでいるように見えます。

西ドウゲンから見た東ドウゲンです。
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さらに向こうに見えるのが畳山です。畳山も瑞穂ハイランドスキー場の一部になります。

邑南町の市木地区を望みます。
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ちなみに、
東ドウゲンは、島根県邑智郡の最高峰
西ドウゲンは、島根県浜田市の最高峰になります。

瑞穂ハイランドスキー場のレストハウスです。
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阿佐山

2011年9月27日 (火)

両間山

両間山

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アスファルトの道でおもしろくなかったのですが、両間山に登りました。

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途中、展望のいい場所もあるのですが、

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これに登ればいい眺めだろうと思いながらも、すぐに降りました。

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2011年9月23日 (金)

雲城山

雲城山

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島根県浜田市

先日、金城の町中にクマが出たそうです。

そのクマが怖くてなかなか登れなかった、雲城山に登ってきました。

怖かったです。

雲城山は金城から金木山とっともによく目立つ山で、2つの山の1字ずつをとって金城という地名ができました。

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かなり上の方まで林道がついています。林道は未舗装です。

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ここで、右に行きます。

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ここまでバイクであがりました。標高480m地点です。

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バラスの敷いてない林道を上っていきます。いくつか分岐点がありますが、上へ登っていく道を選びます。(下ったら間違いです。)

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ここで右に行き、

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丸太階段の登山道をあがります。

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丸太階段をひたすら登っていきます。かなりの急登ですが、距離は短いです。

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山頂は近いです。

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嵩山、伊木集落方面への分岐です。

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わずか19分で山頂に着きました。

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南東側の展望はよく、西ドウゲン(阿佐山)、天狗石山、雲月山、柏原山、大佐山まで見渡せます。手前には金木山の美しい姿があります。

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雲城山

雲城山

2011年9月20日 (火)

阿弥陀山

阿弥陀山

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広島市佐伯区

湯来町の伏谷地区を挟んで東郷山の向かい側、大森神社の裏山に、阿弥陀山があります。

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大森神社からみた阿弥陀山です。美しいトロイデ火山です。

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大森神社は、宇佐八幡宮から勧請してきた八幡宮ですが、かつて、阿弥陀如来がまつられていました。神仏習合の時代にあっては珍しいことではありませんでした。

大森神社の横から登っていきます。麓からすぐに山頂が見える山は、急登の多い山である場合が多いです。

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少し林道を歩きます。

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古くなった給水塔があります。
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風倒木が多く倒れているところもありました。このようなところでは、道迷いに要注意です。

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薄暗い針葉樹林帯を歩いていきます。

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ここを曲がっていきます。

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急登をひたすら登っていきます。

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最近できた林道に出会います。

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林道では展望が開け、東郷山と寒山を近くに望むことができます。

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再びかなりの急登を登っていきます。

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山頂近くに大きな岩が・・・・・・。

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山頂に着きました。

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山頂のまわりには雑木で覆われていますが、展望台に登れば、宮島を望むことができます。

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阿弥陀山の南に、宮島が見えます。

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南によく目立つのは、岩舟岳です。

厳島神社の大鳥居は、阿弥陀山の麓の大森神社の社叢の木からつくられています。

阿弥陀山と東郷山の間を伏谷地区といいますが、かつて、この地区に倒れていた木に厳島の神様が宿られたという伝説があります。

この伏谷、白砂(しらさご)地区を中心とする地域は、昔から干ばつとと水害を繰り返し、水に悩まされてきたのでした。
厳島神社の神様は、水神様(宮島三姫)なので、人々の水に対する願いが、このような伝説を生み出したのでしょう。
また、阿弥陀山と極楽寺山の両山にある池を往復する大蛇の話もあります。大蛇や龍は水神様なので、これも極楽寺山、阿弥陀山の間の伏谷、白砂地区(合わせて砂谷と言います)に住む人々の願いの現れなのでしょう。

そもそも伝説は人々がこうあって欲しいという願いや希望の表れなのです。

阿弥陀山

阿弥陀山

2011年9月16日 (金)

向山(むかいやま:標高666m)

向山

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広島市安佐南区・佐伯区

鬼ヶ城山からみた窓ヶ山と向山です。左に窓ヶ山のキレットが見え、中央よりやや右にドーム状の向山が見えます。向山は、昔なら広島城下の外にすぐ目につく山だったのです。現在、広島西風新都のすぐ西にそびえているのが向山です。
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窓ヶ山憩いの森に行く道の途中で左へ左へと折れて行きます。
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この橋を過ぎてヘアピンを曲がると登山口があります。
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車道の終点にスーパーカブを駐めます。ちょっと待っててね。
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ここが向山登山口です。
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薄暗い樹林帯を行きます。かつてはこの道を通って石内方面(五日市)と奥畑方面(吉山)の人々が行き来していたそうです。
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だらだら登って、仏峠(ほとけたお)に着きました。
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ここで、藤の木(野登呂)ー奥畑の道と窓ヶ山ー向山の縦走路が交差します。
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昔ここに道祖神があったそうです。
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道行く人の安全と、子孫繁栄を祈って。
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やがて展望地に出ました。
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眼下の藤の木団地の向こうには、瀬戸内海が広がり、能美島、宮島が見えます。
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あっという間に向山山頂に着きました。
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展望はありません。この山の山頂は666mなので、先日登った雲城山よりも1mだけ低いことになります。登山時間も歩行距離も似たようなものでした。
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ご夫婦のプレートです。このプレートをよく見かけます。
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向山

向山

2011年9月13日 (火)

家古屋山(かこやさん:標高457m)

家古屋山

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島根県浜田市
石見今市のシンボル的存在が家古屋山です。
東西にピークをもつ双耳峰で、広島の窓が山に似た形をしています。

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この山には、中世に石見の中部から芸北地方に勢力を持っていた福屋氏の居城がありました。

山頂からの展望はよく、正面に雲井山と城山が見えます。

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雲月山、天狗石山も見えます。

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家古屋山

2011年9月 9日 (金)

小茶臼山(こちゃうすやま:標高200m)

小茶臼山

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己斐東の観音堂から登って行きます。

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観音堂からの展望です。江田島、能美島、似島。宮島が一望できます。

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ハイキングコースとして整備されている登山道です。近くの己斐東小学校の児童もよく登っています。

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山頂には、かつて己斐城(平原城)がありました。全国の茶臼山は、茶葉を挽いて抹茶にする茶臼に似ていて、山頂が平らになっているものが多いです。そのため、山城を造るのには適していました。

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小茶臼山

2011年9月 6日 (火)

天狗石山(てんぐいしやま:標高1192m:訂正版その2)

天狗石山

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天狗石山からの絶景を堪能したあとは、

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再びもとの道を降りてきます。

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倒木が多かったです。この冬の大雪のためでしょうか。

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高杉山分かれから高杉山方面へ下って行きます。

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正面に高杉山が見えます。

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薄暗い道を5分程度降りていくと、

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ホン峠(ほんだお)に着きます。ここは、天狗石山と高杉山の鞍部にあたります。

ホン峠の東側にはオクビ山があります。

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ホン峠から少し西へ行くと、乳母御前神社(めのとごぜじんじゃ)があります。

歴史的には壇ノ浦の戦いで、平家が滅亡したことになっています。

その時、8歳の安徳天皇は平時子に抱かれて関門海峡で入水しました。

しかし、本当は平時子も安徳天皇も生き延びたという伝説が各地に残っているのです。

その一つがこの才乙(さいおと)なのです。

生き延びた平時子(二位の尼)と安徳天皇は才乙と大暮あたりでひっそりと暮らしたというのです。

それを偲んで建てられたのが、乳母御前神社なのです。

乳母御前とは、平時子(二位の尼)のことです。

ちなみに、安徳天皇伝説は、鳥取県の因幡地方にも残っています。

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乳母御前神社の説明です。

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乳母御前神社からは、整備された林道を歩きます。

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ここが、才乙(さいおと)からの天狗石山、高杉山への登山口です。

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ユートピアサイオトスキー場に着きました。

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天狗石山

2011年9月 2日 (金)

天狗石山(てんぐいしやま:標高1192m訂正版その1)

天狗石山

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広島県北広島町・島根県旭自治区


天狗石山は、旭町を代表する山です。

ただし、島根県側から登るのは困難で、県境の来尾峠(きたおだお)から県境に沿って登っていきます。

ここが登山口の来尾峠(標高793m)です。

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いきなり急登を標高差200m登っていきます。

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やがて、明るい草尾根に出ます。

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天狗石山の肩(標高1045m)です。

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高杉山分かれ(標高1085m)です。

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再び樹林帯を進むと、

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天狗石山山頂に着きます。
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島根県側の展望が開けています。

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天狗石山

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